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京都地方裁判所 昭和54年(ワ)96号 判決 1980年1月31日

原告

被告

山本茂

主文

被告は原告に対し金三四三万四〇五〇円とこれに対する昭和五〇年一二月一二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮に執行できる。

事実

第一当時者の求める裁判

一  原告

主文一、二項同旨の判決及び仮執行の宣言。

二  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二当事者の主張

(請求原因)

一  訴外遠山源之助(以下被害者という)は昭和四八年一二月六日午前九時二〇分ころ、京都市北区紫竹東桃ノ本町一番地先の交通整理の行われていない交差点中央を横断歩行中、発進直後の被告所有、運転の原動機付自転車(以下被告車という)に衝突され、同人は右大腿骨頸部骨折の傷害を受け、その加療中、心不全により同四九年七月二八日死亡した。

二  被告は自己保有の被告車を運行中(無保険)であつたから、自賠法三条により以下の損害を賠償する義務を負う。

三  損害

(一) 傷害による損害 一二万八〇五三円

(二) 死亡による損害

(1) 葬儀費 三三万六三五〇円

(2) 慰藉料

被害者本人 一〇〇万円

相続人分 三〇〇万円

以上合計 四四六万四四〇三円

四  被害者の妻フミ、長男敬三、長女大槻幸子、二女早川博子、三女奥村道子、四女早川多恵子、五女山本裕子は相続により被害者の権利、義務を承継した。

五  右相続人らは被告が責任保険の被保険者以外の者であるため、原告に対し自賠法七二条一項に基づき損害てん補金の請求をした。原告は同五〇年一二月一一日同人らに死亡による損害額分として金三四三万四〇五〇円を給付し、同法七六条一項に基づき、右給付額を限度として同人らの被告に対して有する損害賠償請求権を取得した。

六  よつて原告は被告に対し右金三四三万四〇五〇円とこれに対する損害てん補の翌日である昭和五〇年一二月一二日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告の認否)

一  請求原因一項の事実中、被害者の受傷と死亡との因果関係を争い、その余の事実は認める。同二、三、六項争い、四、五項不知。

二  被害者の本件事故による受傷である右大腿骨頸部骨折については昭和四九年三月二九日より機能訓練を開始し、右股関節痛も軽度となり症状も漸次改善に向つていた。しかるに同人は同年六月八日左大腿骨頸部骨折を起し、そのため全身状態の悪化を招き、心不全により死亡したもので、本件事故との間に因果関係はない。

(抗弁)

一  被害者らが被告に対して有する損害賠償請求権はおそくも昭和四九年九月二〇日から三年を経過した同五二年九月二〇日をもつて時効により消滅した。よつて原告の取得した損害賠償請求権も時効によつて消滅したから本訴請求は理由がない。

二  本件事故は被害者が交通量の多い堀川通を、交通整理がなされておらず、かつ横断歩道外であるにかかわらず、危険を承知であえて徒歩で横断したため発生したものであり、自己の右側に停止していた被告車にも全く気づかなかつたから、同人にも相当程度の不注意があり、四割の過失相殺をなすべきである。

三  被告は被害者に損害賠償金内金として一四万六三〇〇円を支払ずみである。

(原告の認否)

三項不知、その余の主張争う。

(再抗弁)

原告は昭和五〇年一二月一四日被告宛納入告知書を送達し、同五三年八月六日にも催告書を送達しているので、右時効は中断された。

(被告の認否)

原告主張のとおり各書類の送達されたことは認め、中断の主張は争う。

第三証拠〔略〕

理由

一  原告主張の日時、場所の交通整理の行われていない本件交差点において、被告所有、運転の被告車が被害者に衝突し、同人が右大腿骨頸部骨折の傷害を負つたことについては当事者間に争いがないから、被告が被告車の運行者として自賠法三条の運行者責任を負うことは明らかである。

二  被告は被害者の死亡と本件事故とは因果関係がない旨主張するので判断するに、前項争いない事実に、成立に争いない甲第九ないし第一二号証、第一八ないし第二一号証、乙第八号証、原本の存在、成立に争いのない甲第三〇号証の三ないし七、証人遠山敬三の証言及び右により成立が認められる甲第二号証及び証人四方義朗の証言、被告本人尋問の結果(但し一部)を総合するとつぎの事実が認められる。

(1)  本件事故現場は巾員約二一米(但し巾員約二米の中央分離帯、両側各約三米の歩道を含む。)の南北に通ずる堀川通に東西に通ずる巾員約五米の紫竹南通が、その西側部分では北へ寄つて交差する変型交差点であり、従つて右紫竹南通りを東より西へ向けて右堀川通を横断するに当つては、右道路を北へ向い斜め通行を余儀なくされる。

(2)  被害者も当時右紫竹南通を東より西へ通行すべく、右例にならない交通整理の行われていない本件交差点内を、まず堀川通の東側南進車両がなかつたのでこれを東側の右道路へ向けやや北向きに横断歩行し、西側北進車両の通過を待つべく、道路の中央付近に一時立停まり、右北進車が絶えたので、更に横断すべく歩きかけた時、急に後方より被告車の前輪が同人の腰付近に衝突し、被害者は突き飛ばされて転倒し、前掲右大腿骨頸部骨折の傷害を負つた。

(3)  一方被告は当時免許取消により無免許であつたが、被告車を運転し勤務先への出勤の途中、被害者と同一方向へ通行すべく本件交差点を横断し、右道路の中央付近で堀川通を北進する一〇台位の車両の通過を南側を注目しつつ待ち、右通行が跡絶えたので、特に前方を注視することなくやゝ北向きの被告車を発進させた瞬間、目前に被害者がいるのを発見し、避ける間もなく同人に被告車を衝突させた。なお本件交差点の北寄りには横断歩道がある。

(4)  被害者は右受傷により同日より浜田病院で、同月一一日以降済生会京都府病院へ転院して入院治療を受け、外側骨折であるので直違牽引療法により翌四九年四月ころ以降順次機能回復訓練を開始し、同年五月中旬には歩行器による歩行許可が出るまでに回復した。

(5)  一般に高齢者の大腿骨頸部骨折については、老齢のため組織修復力が減少していて回復が困難であり(特に内側骨折に顕著)、臥床期間が長期にわたり、更に強制的な外固定をなすこと等により、褥創、老人性痴呆、心不全、肺炎等の合併症の併発を避け難く、死亡の結果となることも少なくない。また骨折が治癒しても、高齢者については普通の成人と異なり漸く歩行している状態にある者が多いため、骨折による筋力の低下、構造的変化により、一段階下つた状態になるものと思わなくてはならず、また本骨折のリハビリテーシヨンが比較的長期にわたるため、過度に早期に治療をうち切られた場合、再び転倒して再骨折を起こしたり、家庭における受入れ環境の不備と相まつて帰宅後臥床生活に戻つて終う例もあり、高齢者の本骨折の予後は決して楽観を許さないものがある。

(6)  しかして被害者は受傷時八〇歳、元菓子職人であつて本件事故前は至つて健康であり、当時も菓子包装紙見本綴じの内職をしていたものであるが、右入院後骨折部は一応治癒したものの、強いシヤツクリのため睡眠障害があつて傾眠状態にあり、食欲不振、失禁、応答不明確等全身状態は良くなく、同四九年五月二五日以降全身衰弱により同病院内科に転科した。そして右内科入院中の同年六月八日病舎で転び、左大腿骨頸部骨折を合併して体動不能となり回復困難な状態となつたため、同月一七日体位変化をし易くする補足的手術を行つた上、同年七月六日家族の希望により退院、帰宅したが、同月二八日心不全により死亡した。

(7)  ところで被害者は第二回目の骨折以前の状態においても既に老人性痴呆の合併症も併発しており、整形外科的にも当時の介助されて歩行器により立つた状態が同人の回復可能な限度とみられ、その後全身状態の順次悪化が予想されたから、爾後三、四年の生存も困難であつた。

以上の事実が認められ、被告本人尋問の結果中右認定に反する部分は信用し難く、他に右認定に反する証拠はない。

そこで以上の事実によつて検討するに、高齢ながら日常健康な生活を送つていた被害者は本件受傷により、老人性痴呆等の合併症とその余命を著るしく縮める重大な結果を招来され、かつ高齢者の右受傷の場合、再骨折も決して予想されない事態ではないのであるから、本件事故と被害者の再骨折、死亡の結果との間にも因果関係を肯定すべきである。

三  被告の過失相殺の主張についてみるに、前項認定の本件事故の態様に鑑みると、被害者については附近の横断歩道によることなく、本件交差点の中心付近を横断しようとした点に過失なしとしないが、一方被告については南側、北進車の通行を注視した後、前方を全く注視することなく被告車を発進させ、前方間近にいたと思われる被害者に全然気づくことなく一方的に衝突させたもので、右重大な過失と対比するときは、被害者の過失を重視することはできず、右過失相殺分としては一割の減額をもつて相当と認める。

四  そこで損害の点について判断する。

(一)  葬儀費 三〇万円

(成立に争いない甲第一三号証)

(二)  慰藉料 四〇〇万円

(本人及び遺族分を含む。)

本件一切の事情を考慮し右金額をもつて相当と認める。

以上合計四三〇万円につき前記過失相殺分一割を減ずるときは三八七万円となることは計数上明らかである。

五  成立に争いない甲第一六号証、第一七号証の一、二によると請求原因四の事実が認められ、被害者の右損害については相続人らにおいてこれを相続承継したところ、証人遠山敬三の証言及び右により成立が認められる甲第三、第四号証、第五号証の一ないし六、前掲甲第一三号証によると、原告は被告が無保険であるため、右相続人らの請求により昭和五〇年一二月一一日自賠法七二条一項による損害のてん補として右葬儀費及び慰藉料分として金三四三万四〇五〇円を支払つたことが認められる。(他に同年一月二〇日てん補ずみの傷害医療費一二万八〇五三円については時効消滅したものとして本請求外)

従つて原告は同法七六条一項により右支払金額の限度において右相続人らが被告に対して有する本件損害賠償請求権を取得した。

六  そこで被告は昭和四九年九月二〇日より三年の期間経過による本件損害賠償請求権の時効消滅を、原告は更に右中断を主張するので判断するに、同五〇年一二月一四日原告の本件納入告知書が、同五三年八月六日右催告書がそれぞれ被告宛送達されたことは当事者間に争いのないところ、右債権に対する国の納入告知についても会計法三二条の適用があり、確定的な時効中断の効力を有するところ(最高裁昭和五三年三月一七日判決参照)、更に三年内に前記催告がなされ、その六カ月内の同五四年一月三〇日本件訴が提起されていることは本件記録上明らかであるから、原告の時効中断の再抗弁は理由がある。

七  被告の一部弁済の主張について判断する。

被告が右支払の証拠として提出する乙第一ないし第五号証はいずれも右各書証の記載より明らかなとおり、本件請求外の被害者の傷害治療費に対する支払分であり、乙第六、第七号証についても、弁論の全趣旨によつて成立が認められる甲第一四号証によつて認められる、被害者医療費の関西電力健保組合立替求償分四万円に対応するものと認められ、他に本件賠償債権に対する弁済の事実を認めるべき証拠は存在しないから、被告の右主張は失当である。

八  すると被告は原告に対し原告のてん補賠償金額である金三四三万四〇五〇円とこれに対する前掲原告のてん補支払の翌日である昭和五〇年一二月一二日から右完済まで民事法定利率による遅延損害金の支払義務を負うものであり、右支払を求める原告の本訴請求は理由があるのでこれを認容し、民事訴訟法八九条、一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 川鍋正隆)

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